日曜教学事始め

お釈迦さまや世親さま、親鸞さまのことなど

ちまちま書いているもの③

沙門(サマナ)の宗教

 また、ブッダが誕生する少し前には、社会的に大きな変動が起こります。やや教科書的な言い回しになりますが、交易が盛んになって、仏典にも出て来るヴェーサーリーなどの都市部が繁栄するようになったのです。バラモンの祭式は、農作物の豊作を願う側面が強く、農業に従事する階層には人気が高かったのですが、王族階級であるクシャトリヤやヴァイシャの中でも商業に従事する人々には縁の遠い側面がありました。しかし、都市が栄え、そこに住まうクシャトリヤやヴァイシャの力が増す中で、今までのヴェーダ文献に基づくバラモンの教えの外で、新たな宗教を模索する動きが出てきます。

 そうして出てきたのが「サマナ/シュラマナ(沙門)」と呼ばれる出家者集団です。「サマナ」とは、もともとは「努力する人」という意味で、その字の如く、自ら道を求めて修行(=努力)する存在です。こうした「サマナの宗教」の一つが仏教になります。なお、親鸞聖人が『教行信証』に引用される『涅槃経』には「六師外道」として、六人の思想家の説が紹介されておりますが、いずれも当時の代表的な「サマナの宗教」になります。実は、パーリ仏典『長部』に収録された「沙門果経」にも、この六人の思想家が登場し、『涅槃経』と同様に(※『涅槃経』は家臣を通じてではありますが……)マガダ国王アジャータサットゥ(阿闍世王)との対話をおこなっております。その内容も踏まえながら、この六人の説いた教えの概要を見ていきたいと思います。

 

  • プーラナ・カッサパ(非業論)
  • マッカリ・ゴーサーラ(運命論)
  • アジタ・ケーサカンバリン(唯物論
  • パクダ・カッチャーヤナ(要素集合主義)
  • サンジャヤ・ベーラッティプッタ(不可知論)
  • ニガンダ・ナータプッタ(マハーヴィーラジャイナ教開祖)

 

一人目のプーラナ・カッサパが説いたのは非業論と呼ばれております。彼は、魂は不生不滅であるから、どんな行為(業)をおこなったとしても善にも悪にもならないと説きました。彼は、このことを道徳無用論として主張したため、後に仏教の立場から「邪見」と見做されました。後世の仏教側の伝承では、ブッダの神変を目の当たりにして自死し、地獄に落ちたとされております。

二人目のマッカリ・ゴーサーラはアージーヴィカ教という、仏教とジャイナ教と並んで有力だった教団を率いたと伝えられております。彼が説いた教えは運命論と呼ばれております。すなわち、全ては宇宙を支配する原理(ニヤティ)によって宿命付けられているとして、人間の意志に基づく行為(業)の意味を否定しました。衆生が輪廻しているのは運命によるものであり、そこから解脱するのも運命によるものであるため、(やがては餓死に至る)苦行を通じて宿命を受け入れる境地を目指していたと考えられております。

三人目のアジタ・ケーサカンバリンはローカーヤタ(順世派)の開祖として知られます。彼は、全ては地・水・火・風の四要素から成るので、ウパニシャッドで説かれるようなアートマンは存在しないと説きました。また、全ては四要素から成る以上、(魂の存在を前提とする)業や輪廻の存在を認めず、また善や悪の観念に基づく道徳も不要とし、現世の快楽を追求するという生き方を説きました。これは、「この現象世界は熱・水・食物という三要素の組み合わせによって成り立っている」というウッダーラカ・アールニの主張と(世界の根源を認めないという点では大きな違いがありますが)ある意味で地続きとも言えそうです。

四人目のパクダ・カッチャーヤナは、アジタとよく似た発想をします。アジタは、全ては四要素に還元出来ると説きましたが、彼はそこに苦・楽・命という三要素を加えた七要素説を唱え、それぞれの要素は互いに干渉しないものと説きました。彼によれば、例えば誰かが剣で首を切られたとしても、それは要素間の隙間を剣が通るだけの話で、「誰かが誰かの命を奪う」という行為にはならないとされます。

五人目のサンジャヤ・ベーラッティプッタは、後にブッダの高弟となるサーリプッタ舎利弗)とモッガラーナ(目連)がかつて属した教団とも伝えられております。彼は、バラモン教で盛んに議論をされていた、例えば「来世はあるか」といった形而上学的な問題について、「真理をあるがままに認識し、説明することは不可能である」という不可知論の立場を取りました。この考え方は、「形而上学的な問いには答えない」というブッダの「無記」の考え方にも通じるものであり、単なる思想家ではない実践家としてのブッダを準備する存在であったと考えることも出来そうです。ただし、「沙門果経」では阿闍世王より「あいつは言い逃れをしている」と受け止められ、その怒りをかっております。

六人目のニガンダ・ナータプッタ(マハーヴィーラ)はジャイナ教の開祖です。ニガンダは、ブッダとほぼ同時代の人物であり、また同じガンジス川中流域にて活動をしておりました。ジャイナ教は「空衣派」といって一糸まとわぬ裸形にて苦行をおこなう教え(※後に「白衣派」といって、白い衣を着る派も分派しました)で、インドのなかで現在も有力な宗教の一つです。仏教経典のなかにはジャイナ教についての記述がしばしば出て来るそうです。

例えば「沙門果経」では、「出家して沙門となることで、どのような果報があるか」というアジャータサットゥの問いかけに対し、「私は四種の自己制御という防壁に守られている」と返します。この返答でも分かるように、ジャイナ教では自分の外の刺激が内側に入ってこないように感覚を制御することが重要視されます。

なお、ジャイナ教では霊魂(ジーヴァ)の存在を主張し、このジーヴァに行為(カルマ)によって業物質が流入することで輪廻すると考えられておりました。そこで、ジーヴァに新たな業物質が流入せぬように行為を起こさず、また過去の行為の結果を消滅させることで解脱に至ろうと考えていた模様です。

ジャイナ教の思想の特徴としては、様々な視点から物事を捉える「相対主義」にあるそうです。物事を特定の観点から「こうだ」と決めつけるのを避けて、「ある点からすると(スヤート)」と限定をしつつ、様々な観点から考察を深めていくのだそうです。現在ではSNSなどで、些細な観点の違いから言い争いが起こったりもしますが、ジャイナ教の「相対主義」から学ぶ点は多いようにも感じます。

また、イギリスの上座部仏教研究者であるリチャード・ゴンブリッチ先生は、バラモン教とともに仏教が踏まえたであろう思想としてジャイナ教の存在に注目しており、ブッダが六年間実践した苦行はジャイナ教の苦行だったのではないかという興味深い説を立てております。私に仏教を学ぶ楽しさを教えて下さった先生は、若き日にジャイナ教の施設に滞在していたそうですが、髪の毛や髭を自らの手で抜くなどの様子を見たそうで、その苦行は苛烈を極める模様です。

 ブッダは、こうしたバラモン教の祭祀主義やウパニシャッドが明らかにした業・輪廻の思想、そしてジャイナ教の苦行や思想などを踏まえながら、新たな思索を開拓していくことになるのです。